久しぶりのバイト

ここ一週間、実は休みを取っていました。

 

 

Toeicの勉強のためです。

前の記事にも書いた通り、

自分は家に居たら集中出来ないというのと

ある程度忙しい方がいいかもしれないってことです。

 

 

 

 

本当にその通りで痛感しました。

 

 

そんな一週間を経て、

久しぶりのバイトに入りました。

 

 

 

 

実は昨日、事務所によろうとした時、

ドアの鍵の番号がわからず、入れませんでした。

 

 

 

 

鍵を開けることは、もはや記憶ではなく、ただのルーティンのようです笑

 

 

 

そして、仕事が始まると

もちろん仕事の内容は覚えていますが、

要領が上手く掴めませんでした。

 

 

 

 

「こういう時、どうしたらいいんだ?」

「あれ、今これやるべきか?」

 

 

一週間空いただけでこんなに業務を忘れるとは思いませんでした。

 

 

 

僕は恵比寿のマクドナルドで働いているのっですが、この店舗は外国人のお客様が多いです。

 

 

なので、よく英語で対応するのですが

今日は英語も上手く喋れませんでした。

 

 

 

使わないと衰える。

継続しなきゃいけません。

 

 

 

それでも家族連れの外国人のお父さんを対応した時、

「Good English!」と褒めてもらいました。

まだ勉強中だと言ったら、

「僕の日本語より上手いよ」と言われました。

 

 

 

冗談に笑いながらも、

心の中では勉強しないとやばいなと思ってました。

 

 

心の中で不安でも、

接客はスマイル頑張りました笑

 

 

 

 

 

今日は仕事の要領と英語を忘れた、

そんな一日でした。

 

 

 

 

明日もバイト、朝から頑張ります。

 

家に居たらダメ

受験、生活を通して痛感したことがあります。

 

 

それは自分が家に居たらダメということです。

これは家が自分にとって悪影響という意味ではありません。

 

 

 

自分は家に居ると勉強ややるべきことに集中出来ないからです。

 

 

 

なぜなら、僕はそもそも集中力がないので

家にいると集中力がさらにさんまんになるのです。

 

 

 

つまり、環境は大事ということです。

心理学的にも、人間は環境によって心理状態が変わるといいます。

 

 

 

これはその環境によって、 人格があるからです。

 

 

だから、僕は家にいる時、ダラけるようになっているみたいです。

 

 

 

なので僕が本当に勉強などに集中したい時は、

たいていカフェに行きます。

 

 

 

単純にカフェが好きなので落ち着くということもありますが、

環境を変えることで気持ちが引き締まるのです。

 

 

 

これは勉強だけに限らないと思いました。

 

 

 

よくトリッキングでも、

環境は関係ない。その人の努力だと言う人が居ます。

 

 

 

確かにそれはその通りだと思います。

それに勝るものはありません。

 

 

 

しかし、自分にあう環境というのが人によって違うのは当然です。

公園の芝生で練習する人、柔道場で練習する人、タンブリングで練習する人、人それぞれです。

 

 

 

僕は全ての場所で練習しましたが、

タンブリングが一番お気に入りの練習場です。

 

 

 

気持ち的に自分が最も高いパフォーマンス出来る場所というのは

誰にでもあり、それは共通のものではない。

 

 

 

僕の場合は、勉強においてはカフェであり、

トリッキングに関してはタンブリングです。

 

 

 

僕が家に居たらダメだと思ったように

もし自分の納得いくパフォーマンスが出ない場合は、

場所を変えて違う場所に行ってみると良いかもしれません。

 

 

将来、トリッキングの価値が上がる?②

先程、AIとロボットの普及がトリッキングの価値を上げるという記事を書きました。

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トリッキングのように複雑な動きをするものは、

ロボットでは再現するのが難しく、また新しいスポーツのために

需要が生まれるのではないかという記事でした。

 

 

 

今日はトリッキング含め、エンターテイメントに需要が生まれるもう一つの理由についてお話します。

 

 

 

AIやロボットが普及すると、今までの労働が大きく変わります。

そうするとロボットが働くことによって、人間に時間の余暇が生まれるのです。

 

 

 

 

よって、人間はこれからその余暇の時間をどう使うかということを考えなければなりません。つまり、これによって時間のコンサルのような職業が生まれると言われています。

 

 

仕事以外で時間を埋めるとしたら、

多くの人は趣味を楽しむのではないでしょうか。

 

 

 

パフォーマンスを鑑賞するのはもちろん、

今度は人々が自分でそのパフォーマンスを体験してみたいと思うでしょう。

 

 

 

実際に今、都内だけでなく多くの都道府県で

ダンススタジオ、バック転教室が増えています。

 

 

 

これは今まではダンスやアクロバットを出来る人が少なかったが、

出来る人が増えたため、その人達に教えてもらうことが可能になったということです。

 

 

 

そのようにトリッキングを「体験」することにも需要が生まれるかもしれません。

 

 

 

 

将来、トリッキングの価値が上がる?

昨日の夜中に2つ、AIに関する記事を書きました。

 

 

AIが人間を支配するのか、または成り代るのかということについてです。

 

 

 

前回は技術的に、また抽象的にロボットやAIの説明をしました。

 

 

今回はその上で、将来AIやロボットが生み出す価値についてお話します。

 

 

 

AIが人間を超えるのは2045年と言われていますが、

それによって無くなる職業、また新たな職業というのが出てきます。

 

 

 

無くなる職業というのは主に単純作業です。

工場の仕事やバイトのほとんどがロボットに成り代わります。

AIは、先生、医者、車などの運転手に成り代わります。

 

 

 

 

 

逆に生まれる職業や価値が上がる職業というのは何でしょうか?

 

 

 

もちろんのこと、そのようAIやロボットを管理する職業、

またそれらのコンサルタントは需要があるわけですが。

 

 

 

他にどんな職業が思いつくでしょうか?

 

 

 

それはクリエイティビティのある職業やエンターテイメントです。

 

 

GoogleのAIが絵を描いたり、曲を作ったり出来るようですが、

まだ人間のような多様性はありません。

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youtu.be

 

 

 

研究が進めば、AIも人間のように多様性をもつことが出来るかもしれませんが

AIが未だ出来ない範囲のことには価値があります。

 

 

 

よって、AIが普及すれば芸術性というものの価値が高まるのではないでしょうか。

 

 

 

 

次に、エンターテイメントですが

一口にエンターテイメントと言っても色々あるわけですが

その中でもパフォーマンスを取り上げましょう。

 

 

 

ダンス、歌、お芝居など、これらショーに人々がお金を払うのはなぜでしょうか?

それはパフォーマーによって行われるパフォーマンスにお金を払っているのです。

 

 

 

人々がパフォーマンスに感動するのは、

そのパフォーマンスが人間によって一から磨かれた技術であり、考え抜かれた演出だからではないでしょうか。

 

 

 

自分が出来ないことを、他の人間がやっているからこそ凄いと思うのでしょう。

 

 

 

例えば、ダンスやアクロバットの技において、アニメーションによってパフォーマーよりも高度な技を見せることは簡単でしょう。それは映像によって作られたフィクションであるからです。

 

それを見た時に、実物のパフォーマーと比べて感動する人は居ないでしょう。

 

 

 

つまり、AIやロボットの普及によってロボットが出来ることと出来ないことが

明確になることで人間のパフォーマンスの価値があがるのではないでしょうか?

 

 

 

 

そうなれば、ロボットでも出来ないような複雑な動きをするトリッキングは

将来、人々に更なる感動を生む日が来るかもしれません。

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AIとロボットが人間になり代る?

この記事はAIやロボットが人間を支配する?という記事の続きです。

 

 

前述の記事において、

AIやロボットは技術的に人間を支配することは難しいということだ話しました。

 

 

 

 

ここではロボットが人間になり代わるという意見についてお話します。

まず、この意見がどういうものかということから説明します。

 

 

現代においてロボットが救助、労働、家事をする研究が行われています。

 

 

将来これら全ての事が行われるようになれば

人間は動かなくなり、最終的にロボットになり代わるという意見です。

 

 

 

結論から言うと、これは有り得ません。

 

 

 

なぜなら、ロボットは「人間」の生活に役立てるために作られており

「人間」にとっては「道具」なのです。

 

 

よって、「道具」が人間以上の存在になることはないのです。

もしロボットが人間のように生活をすれば、本来の役割を果たしていないのです。

 

 

 

 

 

AIやロボットが人間を支配する?

今日は少し難しい話をしようかなと思います。

 

 

僕は普段テクノロジーのニュースを見るのが好きで

その中でもAIの話が最近ホットな話題です。

 

 

正直に言いますとエンジニアや研究者ではないので

詳しく技術的な話は出来ないので、あくまで抽象的な持論になります。

 

 

 

よく耳にするのは

「AIがターミネーターのように人間を滅亡させる(支配する)。」

「AIやロボットが居れば人間はいらない。」

 

 

=「ロボットが人間になり変わる」ということです。

 

 

 

 

はたして本当にそうでしょうか?

確かにロボットやAIの中には軍事用に作られたものがあり、

それらが何らかの形で人間に対して攻撃することはあるかもしれません。

 

 

 

しかし、それ以外のAIは人々の暮らしに役立つように作られています。

 

 

 

 

ではどのように人々の生活に役立つのか?

 

 

AIとは、コンピュータに蓄積された膨大なデータを元にプログラミングされた条件において判断を行います。

 

 

 

その代表例で言えば、Facebook, Instagram, YouTubeのおすすめです。

これら全ては、各サービスが利用者アカウントの情報、また他のアカウント(またはコンテンツ)の情報を元に利用者に合ったものを提供するというものです。。

 

 

他の例で言えば、PepperくんやGoogle翻訳です。

ディープラーニングという方法で、AI自ら学習することから情報収集を行い、

より正しい結果を導くというものです。

Pepperくんは、ユーザー情報を読み取り、人が喜ぶことをどんどん学習するというものです。

つまり、AIが人間と同じような方法で学ぶということです。

 

 

 

しかし、ここで議論が飛び、何故か人間を滅ぼすという結論が出てしまいます。

 

 

そのような結論が出るのは、AIがなんでも自分で学べるようになるという前提があるからです。

実際そんなことはありません。

 

 

 

なぜなら、AIというのはプログラミングによって条件付けされた範囲においてしか

学習することが出来ないからです。

 

 

 

なので、人間を攻撃するというプログラミングをしない限り、

AIが自らそのような判断を行うことはありません。

 

 

 

 

じゃあ、その条件付けをAI自らが行うようになったらどうなるのか?と思う人も居るでしょう。

 

 

ですが、それをするにはAIが自らその動作を行うことをプログラミングをしなければいけません。それ自体難しいことですが、それをAIが自分で行うとなると更に難しいのです。

 

 

 

続く…

 

 

 

 

接客はコミュニケーション

一昨日、コンビニでの出来事について書いたので

今日はそれに関することについて書きます。

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僕は大阪に居た頃から、マクドナルドにトータルで約1年間勤めています。

 

 

 

マクドナルドが初めて入ったバイトです。

 

 

マクドナルドに入った理由は「接客を学びたかった」からです。

 

 

 

 

「だからマクドナルド?」って思う人も居るでしょう。

今こそマクドナルドのイメージは変わってきたものの、

昔からマクドナルドの接客は良く、マクドナルドでの職歴があると就職に有利と言われるほどです。

 

 

 

 

そのため、昔マクドナルドで働いていた母が

僕にマクドナルドで働くことを勧めてきました。

 

 

 

大阪に居た頃、天王寺という場所に僕の学校があり

僕の住んでいた寮もその近くでした。

 

 

天王寺周辺にはマクドナルドが多く、

僕の中で3つほど選択肢がありました。

 

 

 

 

 

その中でも一番大きく綺麗で接客も素晴らしかった

「あべのhoop店」で働くことにしたのです。

 

 

 

実際に「あべのhoop店」はマックカフェも含め、

評判が良かったみたいです。

 

 

 

そんな素晴らしいお店で働けて良かったなと思いました。

先程も話した通り、マクドナルドのイメージが変わってきているように

お店によって接客の質が違います。

 

 

 

なので、接客の質が高いお店で働けたことはラッキーだったなと思います。

 

 

 

 

 

僕がマクドナルドのカウンターで働きながら気づいたことは

「接客はコミュニケーション」というとてもシンプルなことでした。

 

 

 

僕はマクドナルドで働く前は、

店員さんとお客様の間には距離があると思っていました。

 

 

 

だから、接客するのが怖かったのです。

店員とお客様という関係は一定のものであって、崩れることはない。

 

 

 

 

恐らくバイト経験のある人は、今でもそう思っているでしょう。

 

 

 

でも僕は働きながらそうじゃないことに気づいたのです。

 

 

 

 

要は場所がお店であっても人間と人間なのです。

そうである以上、コミュニケーションを取れるという意味では

別に日常の会話の距離感となんら、変わりません。

 

 

 

逆に言えば、距離を離すことが失礼に値することもあると思います。

 

 

ただし、距離を離したい人も居るので、常に一定の距離を保つのではなく

人によって距離感を変えて接客することが大事だと思います。

 

 

 

 

むしろ、自分から距離を近づけ相手が話しやすいようにすることが大切だと思います。

よって、怖がることはないのです。

 

 

 

 

この話を以前、接客のバイト経験の少ない友達に話したら

「何言ってんだ」って言われました笑

 

 

 

 

 

なのでこのブログは接客経験のある方に共感してもらうか、

これからバイトをする方に読んで頂けたらなと思います。